晴れた日も雨の日も



大人になること

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3週間前、私は22歳になった。10代の頃は、早く大人になりたくて仕方がなかった。あの頃思い描いていた未来の自分と今の自分はぴったりと重ならない、それどころか大きくかけ離れているようにさえ感じる。

20歳になったら無条件に大人になれると信じていたような気がする。『大人』と呼ばれる事に、その響きに強い憧れを持っていた。大人になったらあれもこれも全て自分の力で叶えられる様な気がしてた。
高校生の時はどんなに大人ぶってもやっぱり幼くて、背伸びをして化粧なんかしてみてもアイライン一つ上手く引けなくて、香水の付け方も、自分らしい香りも分からなくて、大人になりたいという気持ちだけが先走って、外見ばかりに捉われて、なんだか空回りしてばかりで。そんな自分を持て余しては、もどかしい気持ちだけが募っていた。

大学生になって少しずついろんなことを覚えた。あの頃に比べたらだいぶ化粧も上手になったし、自分を着飾る事の楽しさを知った。お酒も飲めるようになったし、車の運転だって出来るようになった。自分の力でお金を稼ぐ術も覚えた。それなのに何かが足りなくて、満たされなくて。

私がなりたかったのはこんな自分だったのだろうか。あの頃あれ程強く憧れて追い求めていた『大人』の姿って、こんなものなのだろうか。多少外見が変わっても、大学生という肩書きが付いても、もう立派な成人だと世間に認められても、中身はあの頃とちっとも変わっていない気がする。

10代の頃と比べて変わった事は、諦め癖が付いた事、可能性を追いかけるよりも現状維持に重きを置くようになった事、そして自分の感情を抑えるようになった事だ。
いろんな理由をつけては一歩踏み込む前に諦めようとする弱い自分を正当化して、目の前に広がる可能性に飛び込む時の昂揚感よりも、その裏にあるリスクに怯えて、安住だけど何の代わり映えもない毎日の方を選び取って、自分の本音は胸の奥深くに隠したままで。気づいたらもう22歳という年になっていた。

でも、『大人』になるということは、こういうことなのかもしれないという気もする。10代の頃のような好奇心も冒険心も、そして良い意味で怖いもの知らずといえるあの強気な態度と無鉄砲さは年を重ねるに連れて薄れていってしまい、いつの間にかあの頃とは全く違う自分になっている。

あの頃に戻りたいとは思わないけれど、あの頃の気持ちを1センチ、いや1ミリでもいいから取り戻したいと思う。『大人』に近づきたいという一途な気持ちで背伸びしていたあの時の自分を気恥ずかしく思うし、やり方が間違っていたかなとも思うけれど、素敵な大人になりたい、将来はこんな仕事をしたい、と純粋に憧れて思い描いて未来の自分の姿を追いかける事、これからでも間に合うだろうか。あの頃の自分に帰って、もう一度『大人』になることをやり直せるだろうか。

もう遅くはないか、などと諦めずに、まずは一歩踏み出してみよう。たったの一歩じゃいつも見ている景色と何も変わらないかもしれないけど、とにかく一つ前に進む事が出来た自分の勇気を褒めてあげよう。一歩二歩と歩みを進める内に、少しずつ近づいていけそうな気がする、臆病な自分とさよならした私に。心なしか良い表情をした『大人』の私に。
平坦な道よりもでこぼこ道や曲がりくねった道の方が多いかもしれない。それでも、あの頃の気持ちを取り戻せたら、忘れずにこの胸に抱きしめていられたら、多分歩いていける。

遅すぎる、なんて事はきっと、人生において何一つない。肝心なのは、自分自身を諦めてしまわない事、どんな小さな夢も希望も簡単に捨ててしまわない事だ。誰のためでもない、自分にとって一度きりしかない人生だからこそ、自分の気持ちを大切にしていきたいと思う。

今はあの頃思い描いていた自分とかけ離れていても、これから近づいていってみせよう。『大人』である自分に純粋に憧れて、でも思うようにはなれなくてもがいていたあの頃の自分に恥ずかしくないように。
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# by les-trois-etoiles | 2005-08-22 21:03 | 雨の日(しとしと雨しずく)

心の声

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これは今日図書館から借りてきたばかりの本です。私は心理学、やわらかく言うと、人の心について学ぶ事にとても興味を持っていて、暇があると図書館に行き、心理関係の本を探しています。心理関係の本ならばフィールドの異なるものであってもこだわることなく読みます。
『自分の心と正直に向き合う』ことを常日頃から目標に据えている私にとって、こうした本はとても強い味方となってくれます。


自分の心の状態を知る事はとても重要だと思います。肉体と精神は常に一体で、切っても切り離せないものだからそのバランス関係を上手に保つ事が必要です。どちらか一方の意志を優先して、もう一方をないがしろにしてしまえば、次第にそのバランスは大きく崩れて、自分自身が壊れてしまいそうになります。
身体の不調のサインは心のそれに比べると、比較的読み取りやすいと思います。身体の不調は痛みの感覚と直結しているけれど、心の状態はそう簡単なものではなく、自分自身の心を把握するという事は常に自分の心が出すサインに目を向けていなければ難しい事です。
身体の痛みはごまかせないけど、心の疲れや痛みにはごまかしが効きます。「気分が優れない日が続くような気がするけど、最近忙しい日々の連続だったから少し疲れが溜まったんだ」とか、「このモヤモヤした感じ、気のせいかな、思い込みかな」とかいった風に、そのサインを深刻に受け止めようとしなかったり、あるいは見落としてしまったり。

自分の心の状態は他人にも分かりにくいものです。自分さえもごまかせるくらいだから、自分に少し無理を強いたり、我慢したりすれば、全く気づかれないという事も十分に考えられます。
だからこそ、自分で自分の心としっかり向き合い、本当の心の声を聞いてあげなければ、と思います。

人はみな多くのことに対して頑張りすぎると思います。それが自分にとって大切な事だったり、自らの意志で選択した事であったり、自分の好きな事であったりすれば、多少の無理をしても心のバランスは保たれ、喜びや充実感を得られたりします。けれど、それがとても嫌な事、耐え難い程の苦しみや辛さを伴う事であれば、ストレスは溜まる一方で、肉体も精神も疲労困憊の状態です。それでも、大抵の人は何とか自分と折り合いをつけながら最後までやり遂げようとするはずです、たとえ自分がボロボロになったとしても。

そういった姿は傍から見れば、すごく素敵な事のように思えます。頑張り屋だとか責任感が強いだとか、デキる人間だとか、そんな風に評価するのが普通だと思います。
でも、周りが何と言おうと、周りにどう思われようと、本当に辛い事なら、身の置き場のない程の痛みを伴う事ならば、逃げ出してしまっていいのだと思います。そんな時には逃げも甘えも許されるべきだと思うのです。途中で投げ出したって、記憶の隅に追いやったっていいじゃないですか。自分を見失う程、自分が壊れてしまいそうな程の苦しみの中にある時は自己中心になったって、きっとみんな許してくれます、そんな自分でも認めてくれます。

せめて自分だけはどんなときも自分の心と向き合い、心の声に耳を澄まし、常に発し続けている何かしらのサインを素直に受け入れて、日々を過ごしていけたらと思います。
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# by les-trois-etoiles | 2005-08-19 20:18 | くもりの日(もやもや空)

信と嘘

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昨日に引き続きまたまたプーさんの画像です♪このプーさんは音に反応してうなずくように首が動くのです、がしょんがしょんと。その姿がまた可愛いのなんのって、、、思わず頭をよしよししたくなります☆大好き、プーさん♪★

さてさて、『信』という言葉を辞書で調べてみたところ、「嘘をつかないまことの意」とありました。嘘をつかないまことの心を持ちたいとつくづく思うけれど、実際簡単なことではないはずです。悪意はないとしても、何かしら大なり小なりの嘘をついたことがあるという人がほとんどではないかと思います。嘘も方便と言う様に、確かに嘘によってその場が丸く収まったりする事はあるでしょうし、一つの嘘で幸せな気持ちになる人もいるかもしれません。けれど、嘘にはとても怖い一面があります。

嘘はどんなにいい嘘であったとしても、所詮嘘であることには変わりありません。こんな言い方をすれば身も蓋も無いかもしれませんが、嘘は真実とはまるっきり対極にあるもので、その場しのぎに使われたり、あるいは自己保身に使われることさえ珍しくはないと思います。人は自分にとって都合が悪い時、向き合わなくてはいけないはずのことから逃げ出したい時には咄嗟に嘘をつきやすい気がします。こんな風に偉そうに話している私にも実は身に覚えがあるのです、、、。一時的にはその場から逃れられても、嘘をついてしまったという罪悪感にずっと苛まれてしまいます。真実を知らなかった相手をだましてしまったという事実に打ちのめされもします。

「誰にも気づかれなかったからいいや」と済ますことは容易いようにも思えるけれど、実はその嘘によってだましきれなかった、真実を知っていた人が一人だけいるのです。それは『自分』です。誰かからの非難の言葉や冷たい眼差しよりも、時に自分自身の真実の目で見つめられる事のほうがよっぽど苦しく、罪悪感も尾を引きます。どんなに小さな嘘でも、どんなに緻密かつ巧みな嘘でも、自分自身をごまかすことまでは出来ないと思うのです。

嘘で相手をだまし傷つけ、そのことによってまた自分自身も深く苦しみ悩むことがあるとすれば、嘘の効果は全くのマイナスという事になります。こうして考えてみるとやっぱり嘘は良くないことなのだとつくづく感じました。嘘をつくということが日常化していればいるほど、まことの心に辿り着くのは難しい気がします。

いつもクリーンで、まっさらで、正直な心でありたいと思います。どこまでが嘘でどこからが本当なのかと疑わなければいけない世界はとても空しく、とても悲しく、そして偽物だらけが存在しているのですから。

真実はいつも自分の中にある、そんな気がします。自分を偽らず、他人を偽らず、人を信じ、人から信じられる、そんな大人になることを目標に頑張っていこうと思う今日この頃です。


今日は星がとてもきれいです☆星が綺麗に見えるのは、余計な明かりのない田舎の特権かもしれないですね。
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# by les-trois-etoiles | 2005-08-18 21:16 | 晴れた日(さんさん太陽)

☆癒しのPower☆

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画像のプーさんは、従兄弟からもらったもので、夜はいつもこれを抱いて眠っています。すごくフカフカしてて気持ちいいっ(>ω<)♪そして何よりこの穏やかな優しい寝顔がすごく愛らしくて、とても癒されちゃいます☆
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# by les-trois-etoiles | 2005-08-17 22:14 | その他

変わるもの、変わらないもの

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今日の夕方、姪っ子ちゃんと一緒にアンパンマンを見ました。すごく久々のアンパンマンに何だかちょっぴり感激。私の隣に座って見ている姪っ子はきらきらおめめでテレビを見つめています☆何を隠そう姪っ子ちゃんは大のアンパンマン好き。家にはアンパンマンのブランコやら滑り台やらジャングルジムやら、とにかくアンパンマンのおもちゃだらけなのです。最近、アンパンマンのトランポリンが新たに加わり、『一緒に飛ぼうよ~っ!!!』と言われる始末。私が乗って壊れたりしないかな、、、なんて恐る恐る乗ってみると意外や意外、かなり頑丈な造り。安心しきった私は自分の年も忘れて、齢3歳の姪っ子とぴょんぴょんはしゃいでしまいました。

アンパンマンもそうだけど、年月が経っても変わらないものってすごいなってつくづく思います。街の景色や若者のファッションのように目に見えるものはもちろん、人間の価値観や道徳観念、そしてその人の本質といった目に見えないものまで、時の流れとともに目まぐるしく変わっていきます。それはある意味当然のことと言えるのでしょうが、何だか無性に切ないような悲しいような感傷に襲われてしまう時があるのです。

人の気持ちもまた移ろいやすいものです。ずっと変わらない想いもあると信じている一方で、時が流れ、時代が過ぎ行く中で、一つの決意とか信念を貫き通すのは容易いことではないのだと、どこか冷静に見つめている自分がいるのも事実です。

だからこそ長い時を経ても少しも変わることなくそこにあるものに心惹かれ、暖かい気持ちにさせられるのです。他の何が変わってしまってもこれだけは永遠に変わらない、そういうものを私も一つは持っていたいと思います。

懐かしい気持ちとともに何か忘れかけていたような、記憶の片隅に追いやってしまっていたような、そんな大切なものをアンパンマンに見出して、少し幸せな気持ちになりました☆
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# by les-trois-etoiles | 2005-08-16 20:19 | 晴れた日(さんさん太陽)

過去

もう忘れていたはずの過去の記憶に突然囚われることがある。このまま永遠に思い出したくなかった過去の出来事。あの日、あの時、あの場所に一瞬にして引き戻され、再びあの絶望的な悲しみを目の前に突きつけられ、どうする事も出来ずにその場に立ち尽くす。とめどなく涙が溢れてくる。涙腺が壊れてしまったのだろうか。涙は枯れることなく後から後から溢れ出し、もはや自分の力ではとめようもなく、途方に暮れる。
でも、涙を流すことで悲しみが緩和されるのだとしたら、涙と一緒に辛い記憶が対外に流れ出してしまうのだとしたら、私はこんな涙なんか流したくないと思う。いつまでも身体の中でぐるぐると巡り続けていたらいいのにと思う。

辛い記憶や思い出したくない過去なら忘れてしまった方が絶対に楽だ。楽しい記憶はいつでも思い出して幸せな気持ちに浸れるけれど、辛い記憶は忘れた頃にやってきては、再びあの時と同じ悲しみを味わわせ、胸を締め付ける。忘れることなど許さない、いつまでもお前を縛り付けてやる、そんな風に囁かれた様な気がして、小さく震えた。
いったいいつまでこの苦しみを、悲しみを引きずらなければならないのだろうか。

忘れたいと思いながら、いつまでも忘れる事が出来ないでいるのは、本当はこの先もずっと覚えていなくてはならない免れようもない事実だからこそではないのか。言葉では到底表すことの出来ない悲しみや苦しみだからこそ、心で覚えていなくてはならない、そんな気がする。

逃れられない過去なら、いっそのこと背負って生きていこう。これから先、あれ程の悲しみに出会う事はないだろうと強い気持ちを持って生きて行こう。きっと一番悲しいのは、辛い記憶も忘れてしまいたい過去も、完全に封印して心の外に追いやって、まるで初めから存在しなかったことのように生きていくことだ。

私は大切な人の死に際し、絶望し、自分を見失い、心が引き裂かれる程の悲しみに支配されてしまった。それでも生きていくしかないのだと思う。あの時朦朧とした意識の中で私に笑いかけ、精一杯の力で私の手を握って、必ず家に帰るから、と言ったあの父の姿を、この先一生忘れることはない。どんな苦しみにも悲しみにも向かい合おう、必ず乗り越えてみせよう、と思う。最後まで病気と闘い続けた父、圧倒的な絶望の中にも、希望の光を見つけようと頑張り続けた父の姿をこの胸に抱いて。
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# by les-trois-etoiles | 2005-08-14 21:57 | 雨の日(しとしと雨しずく)

前を向いて

大学に入ってからがくっと視力が落ちた。前の方の席に座らないと黒板の字はさっぱり見えないし、車の運転にも少しの不安を覚えた。何より至近距離でないと相手が誰なのか判別できない。私の目には全てがぼんやりとしか映らない。
目が良く見えないということは不便なことこの上ない。目を通して入る情報量は計り知れないから、落ち込んだ視力のまま日常生活を送るのは不安だった。でも、私はコンタクトはおろか眼鏡をかけることさえ拒んだ。眼鏡が似合わないからとか、コンタクトは怖いとか、そんな思いからでは決してなかった。
人には誰しもこの目で見たくないもの、聞きたくないこと、信じたくないことが必ずある、と思う。例えば、片思いの相手のデート中の姿、自分に対する根拠のない噂、そして大切な大切な人の死。この世界では心が躍る程の嬉しい出来事を体験したり、永遠に続けばいいと願う幸せな時間が訪れる反面、目に映る全てのことに絶望し、少しの希望も見出せなくなり、死んでしまいたいと思うほどの苦しみに囚われ、身動き出来なくなることがある。絶望と希望は対局に位置するものでありながら、背中合わせの関係で、いつどちらに転ぶか分からない、紙一重の存在だ。

私はいつからか、ぼんやりして見えづらい、薄暗い毎日に慣れてしまっていた。見たいものに対しては必死に目を凝らす。見たくないものからは視線を逸らし、勇気を出して敢えて自分から近づいてみる、なんてことは決してしない。私は本当に臆病者だ。最初から全てを諦めて、逃げて、正面から見つめようともしない、傷つくことを恐れてばかり。どうしようもない弱虫だ。

こんな自分の弱さを、ふがいなさを受け入れることが出来ないでいて、視線を外してばかりいて、そんな自分を誰が真剣に見つめてくれるというのか、誰が私を解ってくれるというのか。
自分のありのままの姿を見つめて、受け入れて、受け止めて、愛してあげなければ。

先月、ついに眼鏡を買った。ピカピカな新品の眼鏡はこの目に何を映し出してくれるのか。
眼鏡をかけた瞬間、それまでぼんやりしていた世界が、なんだかひどく輝いて見えた。街を歩く人々の姿、デパートの店頭に並べられた色とりどりの花々や瑞々しい新鮮な果物、そして太陽の眩しい光と燃えるような夕焼けの赤。その全てをこの目で捉えた時、目の前に大きな光が差し込んで、パーっと視界が開けた気がした。そしてこの目に映る全てのものが、なんだかとにかく無性に愛しく思えた。

見たくないものから目を逸らすこと、聞きたくないことに対して耳を塞いでしまうこと、信じたくないことから逃げ出してしまうことはいとも容易いことだ。心には二重三重と頑丈な鍵を掛けて、完璧なまでにガードして、傷つくことから自分を守る、それも時には必要なことかもしれない。でも、そんな毎日はきっと楽しいことは何一つなく、空しさだけが響くカラーレスな世界だ。

勇気を出して心の扉をとんとんと叩いて、まずは一つ目の鍵を外してみよう。錆付いて、鍵同士ががんじがらめになる前に。
眼鏡をかけて、前を向いて、一歩いっぽ進んでみよう。決して急がずに、ゆっくりと。怖がらずに前を向いて、ありのままを感じてみよう。きっとそこには新しい世界が両手を広げて待っている。
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# by les-trois-etoiles | 2005-08-12 22:46 | 晴れた日(さんさん太陽)

一人きりの夜に

 夜の訪れが怖い。そう感じ始めたのはいつの頃だったか、もう思い出せないほどに遠い昔のことだったような気がする。夜の暗闇と静けさは、一方の分銅の重さに傾きつつある天秤のように微妙に不安定で不均衡な心のバランスを、更に崩そうと試みているようだ。光と音のない世界は気配を隠し、音を立てずに一歩ずつ確実に忍び寄ってくる。
 毎夜訪れる闇の世界に、飲み込まれないように精一杯の力を振り絞って抵抗しようとするのだけど、そんな私の小さな勇気さえもあっけなくどこかに追いやってしまう暗闇が、私は心底怖い。不安で不安でたまらない。夜に怯えながら力尽き、ようやく眠りについたら、夢の中でも暗闇に追いかけられて、泣きながら逃げ惑う、なんてこともそう珍しくはない。
朝の日の光はそんな私にとっては、唯一の救いであり、唯一夜の闇に対峙できる力を秘めている。
 夜は私をひとりぼっちにさせる。暗闇の世界に閉じ込め、置いてきぼりにする。光のある明るい世界に再び戻るには、きっと誰かの支えが必要だ。一人でじたばたもがいていても、すっと足元をすくわれ更なる深みへと引きずりこまれてしまう。
 あったかくて強い両の手で、手のひらにこめられた確かな強さを決して緩めることなく、一気に元の世界へと引き戻して欲しい。『もう大丈夫だ、安心してお休み』と、優しく布団を掛けて欲しい。
 誰にでも夜は訪れる。どうしても免れることの出来ない時だから、闘わないわけにはいかないけど、一人の時は九敗一分だった対戦成績が、二人になったらきっと九勝一分に逆転可能だ。
 
 たまにはこんな風に誰かを心から欲する日があってもいいかな、なんて思いながら、ゆっくり瞳を閉じて今日もまた一人、夜との果てしない戦いの旅に出る、無駄だと思いながら、持てる限りの武器を携えて。

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# by les-trois-etoiles | 2005-08-11 01:00 | くもりの日(もやもや空)

夜空を見上げて

 夏の夜空にはついつい心を奪われる。星がきれいだ。ひしゃくの形をした北斗七星、W型のカシオペア座、そして南天にルビーのように赤く輝くさそり座のアンタレス。見上げるたび確認せずにはいられない、強いけど優しい光を放つ星達。
はっきりと目に映る星もあれば、かろうじてこの視界に捉えることの出来る星もある。地上からは限りなく小さな光にしか感じられないけど、遠い天空のどこかで確実に輝いている。
心にゆとりがなくなると、夜空を眺めるなんてこと、頭からすっかり消え去ってしまうけど、何かの拍子にふっと見上げた夜空に、満天の星々が輝いていたら、鬱々としていたことも一瞬で忘れて、しばしその光景に見とれ、心を奪われ、遠い彼方に思いを馳せる、なんてこともあったり。
 冬の星空は夏のそれよりも美しく感じられる。夜はとても冷え込むけど、空気が澄んでいて、星達が放つ光の輝きは増す。仲良く並んで光る三ツ星のおかげですぐに見つけられるオリオン座、数限りない星々の中で最も明るいとされる青白色の大犬座のシリウス。凍てつくような寒さも忘れてしまうほどに美しいその光輝、圧倒的な存在感。例え、私の心が底なしの暗闇に包まれていようと、星達はどんな時も変わらずに衰えることなく照らし続けてくれる。
 そういえば昔、何かの絵本にこんな言葉があった。
 『死んだら人は空に昇ってお星さまになるんだよ。』
そんなことあるわけない、って思ったらそれまでのことなんだけど、もしも本当だとするなら嬉しい、すごく嬉しい。きっとこの夜空のどこかで輝いているんだ、まだ生きているんだ。
 『きっとあの星がお父さんだ』
どうか明日も明後日も明々後日もその次の日もずっと、私がすぐに見つけられるように、私にその暖かい光をここまで届けてください。
 おやすみなさいお父さん、明日もまた会おうね☆

 
 
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# by les-trois-etoiles | 2005-08-09 22:01 | 晴れた日(さんさん太陽)

雨の朝に

 今日は朝から予想外の雨。朝起きてすぐカーテンを開けたら、何だか重たい灰色の空。黒:白=6:4をパレットの上でぐるぐるかき混ぜたような灰色の空。あー、まただ、このもやもやした感じ。これから雨が降るって思っただけで、私の心までどんよりとした雲に覆われてしまうような気がする。せめて心の中に浮かぶこの一つの大きな雨雲を、半分の半分のそのまた半分くらいに小さくして散らさなきゃ。土砂降りの雨が降る前に。
 お昼を過ぎると、それまでとはうって変わって、ぽかぽかしたあったかい日の光が差し込んでくる。一つつけていた部屋の明かりを消して、窓を開けてみる。うん、これなら心の中のもやもやも直に晴れそうだ。
 葉に溜まった雨の雫がぽとりぽとりと地面に落ちていく光景にしばし目を奪われた。土が全身を使って美味しそうに水をごくごく飲んでいく。これがきっとまさに恵みの雨。そんな姿を見て私の心もほんの少しの潤いでしばし満たされた。
 そうだ、久し振りの雨の朝に、植物達はこう思うのかもしれない。恵みの雨よ、僕達に私達に真っ直ぐに降り注いでください、しっかり受け止めてみせますと。
そう思うと雨の日も悪くないかも、なんて素直に思えたらいいのに。
 明日は晴れかな?雨かな?夜空にうっすら星々が浮かんで見えるから、きっと晴れ。明日はどんないいことが...?
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# by les-trois-etoiles | 2005-08-08 21:02 | 雨の日(しとしと雨しずく)


それでも歩き続けるよ、わたし
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プロフィールなどなど
まいこ、現在大学4年生の22歳。
現代小説や近代日本文学、フランス文学が好きで、暇を見つけては図書館に通っています。
大学では英語、フランス語を中心に、言語学や文学、哲学、国際関係について学んでいます。
精神医学や心理学にも興味があって、関連する本をいろいろ読んだりもしています。

性格はすごく人見知り屋で意地っ張りで、そのくせかなりの寂しがり屋↓とっても厄介なコです、、。

休日は読書、音楽・映画鑑賞、お買い物なんかをしながら過ごしています♪
最近ようやく夢を見つけました。
思い描く未来の自分に、少しずつ近づいていきたいと思います。


ここには日々の生活の中で感じたことや気づいたこと、大切にしていることを書いていけたらと思っています。
どんなコメントでも構いませんので、是非何か言葉を残していって下さい♪

ここに訪れてくださったことに感謝いたします★


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